NY州ウェストチェスター郡の北部、ニューヨークシティから車で1時間半ほど北上したあたりに、Somers と呼ばれるちいさな町がある。
アメリカ北東部の都市近郊では典型的な一軒家ばかりの住宅地が広がり、これといって特徴のないミドルクラスの町のように見えるが、そこに一風変わった古い建物がある。
建物には大きく
『Elephant Hotel』
と書かれている。東西南北に延びる自動車道がいくつも交差しガソリンスタンドなどが並ぶその場所にはそぐわない古く重厚な建築物で、建物の前庭には支柱に乗せられたエレファント像が高々と掲げられている。
わたしの自宅からソーマーズはそんなに離れておらず、たまにこの建物の前を車で通るが、そのたびに、この建物はいったいなんだろう・・・聞いたことないけど、ここホテルなの?・・・象と何の関係があるのだろう?・・・と不思議に思っていた。
そこである日、興味が湧いて調べてみた。
すると、このエレファント・ホテルはかつては確かにホテルとして親しまれていたが、現在はソーマーズ市の市役所として使われているとのこと。
そして、その名前の由来を知って驚いた。
このエレファント・ホテルは、Hachaliah Baileyというひとが1825年に建てたという。ベイリーさんはもともとソーマーズで農場を営む農夫で、1800年代初頭に一頭のアジア象を手に入れた。Old Betと名付けられたその巨象を、はじめは農場の労働力として使おうと思って購入したらしいベイリーさんだったが、当時は本物の象を見たことのないひとばかりで、珍しがって見物人がおしかけ、Old Betの人気に気を良くしたベイリーさんは他にも珍しい動物を次々と手に入れ、見世物として動物たちを引き連れ、米東海岸のあちこちを回り、興行師として大成し富を築いた。
この「象をひき連れてあちこち回る見世物興行一座」こそが、合衆国のサーカスの始まりと言われており、ベイリーさんの一座は Barnum and Bailey Circus と言う名のサーカス団として現在でも人気を博し、その名は全米に知れ渡っている。

ベイリーさんは、自分が大成功したのは象のOld Betのおかげだとして、1825年にフェデラル様式の立派なレンガ造りの建築物を建て、感謝の念を表して建物の前に象の置物を飾り、Old Betを称えて「エレファント・ホテル」と名付けたというのだ。
つまり、ふだん「これといって特徴のないスリーピーなちいさな町」と思って通過していたソーマーズ市は、なんと、アメリカン・サーカスの発祥地だったのだ!!
このエレファント・ホテルには当時サーカス関係者が集まったり、ニューヨークシティに馬車で向かう旅人が途中で休む宿泊施設としても利用され、1927年にソーマーズ市がベイリー・ファミリーからこの建物を買い上げるまで、憩いの場としてにぎわったそうだ。この建物、現在は市役所として使われているが、館内には、サーカス発祥の資料館もあり、ベイリーさんが象と一緒に始めたアメリカン・サーカスの歴史を知ることもできる。この建物の歴史的意義を認められ、エレファント・ホテルは2005年に「全米歴史的建造物」のひとつにも指定された。
(資料館は週にいちど無料公開されますが、ソーマーズ市の歴史好き市民が作るSomers Historical Societyに連絡を取ると、よろこんで特別にガイドしてくれるそうです。)
(続く)