Tyson

9月12日の月曜日、マサチューセッツに住む友人のメリッサから、メッセージが入った。

木曜日にニューヨーク州Bedfordからバーモント州まで、犬を一頭運ばなければならないが、ルートの一部を私に運転してくれないか、という。

メリッサは捨て犬のレスキューに熱心な友人で、わたしが時間をみつけてはレスキューされた犬を方々に運んでいることを知っている。わたしがこれまで運転して運んだ犬の数は数えきれない。中には遠く南部や中西部で保護されて東海岸まで運ばれてくる犬を乗せることもあるし、ニューヨーク近辺で捕獲され殺処分を免れた野良犬を里親候補のところまで運ぶこともある。

メリッサが木曜日に運んで欲しいと言ってきた犬は、タイソン(Tyson)という名前の若いオスのピットブルだった。

捨てられた背景を調べてみると、タイソンはブロンクスに住む小さな子供のいる家庭の飼い犬だったが、その飼い主が家を追い出されたために世話をし続けることができないと言う理由で、今年の5月に飼い主みずから収容所に連れてきた犬だった。家賃が払えず追い出されたのかもしれないし、家族が犯罪で捕まったのかもしれない。詳しくはわからない。

 

タイソンが飼われていたのは、サウスブロンクスの中でも治安がよいとは言えないエリアだった。そういう地域では、違法闘犬ギャンブルの摘発も頻繁にあり、闘犬用としてピットブルを裏庭で繁殖したりしている者もいて、ニューヨークの動物収容所にやってくる犬の多くがゲットー出身のピットブルだ。ピットには犯罪や暴力と繋がる暗いイメージがまとわりついているせいもあって、ピットが里親候補を見つけるのは簡単ではない。イメージが悪いうえに捨てられたり行き場を失う数も多いから、NYの動物収容所は常時ピットで溢れていて、殺処分される数もピットはダントツで多い。

タイソンの場合もやはり里親がすぐには見つからず、数週間後、NYシティの動物収容所が公表する殺処分リストに名前が載った。そのリストに名前が載ると、24時間のうちに殺処分されるのだ。

ニューヨークシティでは、健康な若い犬でも、そうして、毎日のように殺されている。

タイソンは殺処分のため収容所の檻から出されていた最中に、あるレスキュー団体が引き取ると名乗り出て、危機一髪で救済された犬だった。

しかしその後、一時預かり(フォスター)でも引き取り手が現れず、タイソンはNY郊外の犬舎に入れられ、時間を過ごしていた。

そんなある日、タイソンにも幸運の女神が微笑み、引き取り手が現れた。バーモント州に住む夫婦が里親になると名乗り出たのだという。そのカップルにタイソンを届けるため、3人のボランティア・ドライバーが半日かけてニューヨーク州からバーモント州までタイソンを運ぶことになった。わたしはその3人のドライバーの一人になった。

タイソンが預けられていた犬舎に引き取りに行くと、そこにはタイソンのように、レスキューされ命拾いをしたものの引き取り手が現れない犬がほかにも大勢いて、ほとんどがピットだった。散歩に出してもらえてもごく短時間、それ以外のときはこちらの耳がおかしくなりそうなぐらいやかましい大勢の犬の吠え声に囲まれて狭い檻の中で過ごす。たとえ犬といえども、こんな環境でこころ休まるはずがないと思った。

犬舎の奥からハンドラーに連れられて出てきたタイソンは、数か月の犬舎生活に明らかに疲れた様子で、車のドアを開けると、喜び勇んで自分から私の車に飛び乗った。早くここを出よう、といいたげに。

タイソンは美しい犬だった。若いだけあり身体が締まって、顔つきも精悍で、薄茶のブリンドルの毛皮をまとい、申し分ない容姿。

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持参したマフィンを分けてあげると、喜んで食べた。よほど疲れていたのか、久しぶりに静かで快適な場所にホッとしたのか、タイソンは道中ずっと大人しく、こんこんと眠り続けた。犬舎から2時間近くかけてコネチカット州のHartfordに到着し、次のドライバーにタイソンを渡したときも、自分から大人しく降りて、次の車に自分から入り、何の問題もなかった。別れ際にマフィンの残りをあげて、「よかったね、こんどこそ幸せになるんだよ・・・」と言いながら頭と頬を撫でてあげると、じっとこちらを見て、わたしの手に耳を擦りつけてきた。

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最後にこんな静かな場所で寝たのはいつなのか・・・こんこんと眠るタイソン

ハートフォードからの帰り道はちょうどラッシュアワーにぶつかり、渋滞する自動車道の上から、全米保険業界のメッカとして知られるハートフォードの高層オフィスビル群を眺めながらタイソンを無事届けたことに安堵して、ふたたび2時間以上かけて自宅に戻った。

自宅でのんびりしていたのも束の間、深夜メリッサたちからふたたびメッセージが届いた。

新しい飼い主の家で、タイソンがいうことをきかず、唸り声をあげて暴れ、里親はすっかり怖がってしまい、こんな犬は飼えない、すぐにでも引き取れと言われたというのだ。里親は完全にパニックを起こしていて、今夜中に引き取らないなら、こんな危ない犬は射殺するとまで言い放ったという。

数時間前、わたしの手に優しく耳を擦りつけてきた、あのタイソンが・・・信じられない気持ちだった。何ヶ月も預けられていたあの犬舎にタイソンをまた押し込めるのは、かわいそうすぎる。あのやかましい犬舎を出たあと、静かな車内で安心して眠り続けたタイソンの姿を思い出し、殺処分を逃れたのにこんどは新しい飼い主が射殺すると喚いていると聞き、可哀想で涙が出た。

とりあえず、パニックして騒いでいる里親のもとからタイソンを別の場所に移動させなければならない。すでに夜11時を回っていたが、現地のボランティアの協力を得て、犬の訓練士にも来てもらい、興奮しているタイソンを引き出すのに成功した。

飼い主の家に着いたのち、タイソンと飼い主の間に、いったいなにが起こったのだろう・・・。何がトリガーになってタイソンを興奮させたのか・・・。

そして、今日—。

タイソンは一時預かりを申し出てくれた現地のボランティアの家にいる。大人しく、何の問題もみせず、落ち着いているという。

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バーモント州のボランティア宅で落ち着いている今朝のタイソン

わたしは、タイソンをNY郊外のあの犬舎に戻すのは気が引ける、もし何かタイソンに問題があるのなら、あそこの環境はタイソンのコンディションを悪化させるだけだと感じるから、どこかもっと違う落ち着いた場所で訓練を受けさせてあげてほしいと、レスキュー団体のひとにお願いした。

団体のひとたちも同じ考えだったらしく、バージニア州にある犬のリハビリ施設にタイソンを送り、そこで人間に対して唸り声を挙げたりするビヘイビアを矯正する訓練を受けさせようということになりました。その費用に3500ドルかかります。

タイソンのために募金ページが立ち上がり、現時点で1000ドル近くが寄付で集まっています。

ここ↓↓がそのページです。たとえ1ドルの寄付でも助けになります。こういう犬がいるんだよ、ということを広めてくれるだけでも、うれしいです。

Tyson’s Emergency Funding for Rehab & Training

こころを許したひとたちに甘えるタイソンは、どこにでもいるやさしい犬の顔をしています。

タイソンはかつて、4歳の子供がいる家庭の「ペット」でした。人間の勝手で捨てられ、悪環境に何ヶ月も置かれ、犬といえどもこころが折れて、混乱しているのでしょう。

自分がこの子を運んだのも、何かの縁—。

相性のいい、やさしいご家族に巡り合えるよう、タイソンを応援したいです。



(タイソンのその後のアップデートはこちらの記事↓↓をごらんください。)

Tyson – Happy Update (2016.09.24)

4 thoughts on “Tyson

  1.  お久しぶりです。かつて、twitterでtrinitynycさんのアカウントをフォローさせていただいて、何度か返信もさせていただいたことがあるものです。
     その時は、たしか「アリス スタッツ」だか「Alice Statisticsworld」だか、もう忘れてしまいましたが、そのような名前にしていた記憶があります。
     2012年11月にアカウントを閉鎖いたしまして、その後ご無沙汰しておりましたが、実はアカウントは時折拝読させていただいておりました。
     今でもtrinitynycさんのtwitterやブログを楽しみにしております。
     僅かながらですが、私も寄付させていただきました。
     私は総合的には中道保守ではないかと自分で考えているのですが、社会政策では中道リベラルから穏健リベラルをゆらゆらしているところがあります。そのため、社会政策の面では非常に賛同することが多いです。
     私は、アカウント閉鎖後、あることに熱中しまして、紆余曲折あり、今後一切SNSなどWEB上でのコミュニケーションはとらないようにしております。
     そのため今はtwitterもその他のSNSもしておりません。
     今回も、コメントを書かせていただくか迷ったのですが、一言trinitynycさんの情報発信や活動を応援していることをお伝えしたくて、コメントさせていただきました。
     これからもtrinitynycさんに勉強させていただけたら幸いです。

     そして、タイソン君の幸せを心よりお祈り申しあげております。

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    • Nowhereさん、コメントありがとうございます。アリススタッツさんですね、覚えております。ご無沙汰しております。こうして再びブログでお目に書かれてうれしいです。わたしもかつては真面目につけていたブログを、しばらくサボってしまいました。時間があくと腰が重くなるばかりでしたが、あたらしいページを作って、またボチボチ書きつなげたいと思っております。SNSはもうやっておられないとのこと。たまに、ここのブログを覗いて、お声を聞かせてくださいね。

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  2.  お返事ありがとうございます。
     もう随分と昔のことですが、尊敬するtrinitynycさんに覚えていただけていたとは、本当に光栄で嬉しい限りです。
     trinitynycさんのtwitterやブログはシリアスで重厚感のある社会、経済、政治、安全保障、外交などの問題から、カジュアルな料理や花々、ペット、音楽、映画、ドラマなど大変幅広く、そのすべてが魅力的です。
     昔から経済や金融には関心を持っていたものの、プロの市場である債券市場で長年にわたってご活躍されている方の見解は、本や論文やレポートを読んでいるだけでは得られない貴重なもので、大変勉強になります。
     アメリカの音楽、映画、ドラマ、生活習慣、社会構造なども、実際にそこの住民として何十年も生活されてこられた方のリアリティ溢れる発言は、楽しくもあり、理解を深めることもできて、ありがたく思います。
     trinitynycさんには知らなかったことをたくさん学ばせていただいております。

     そして何よりも、しっかりとした人間性、誠実さ、真面目さ、思いやりに基づいた理知的な判断、それを説得力を持って訴えられる能力に、感銘を受けております。
     私は、社会と安全保障についてはほぼ100%、trinitynycさんの見解に同意しております。経済、外交も事象によって異なりますが、90%から95%くらいは同意見です。
    しかし、trinitynycさんのように迫力があり、かつ緩急が見事で、共感を呼ぶ発言はできません。

     話は変わり、タイソン君のことですが、PCですのでFace Bookに登録していなくても、動画を見ることができました。元気そうに散歩をしていて、安心しました。
     どうかいい飼い主に巡り合えますように。心の底からお祈りしております。

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