Elephant Hotel (2)

19世紀初頭に、アメリカに来た象としては2頭目にあたるOld Betを引き連れて、ベイリーさんが始めたサーカスの原型。

1800年代前半のうちにソーマーズには他にいくつもサーカス団が登場し、中には初めてライオンを連れたサーカス団も生まれ、動物を休ませるためのサーカステントも作られた。当時の地元のひとびとは多くが農夫や牛飼いだったが、サーカスの人気が高まるにつれサーカス団に雇われて、動物たちとともに東海岸の各地を周るようになった。

当時のソーマーズは「サーカスのメッカ」として大繁盛していたのだ。

ソーマーズ市民たちは、エレファント・ホテルに紡がれた町の歴史を大切にし、その歴史を誇りにすら感じていた。

そんなソーマーズに、1960年代のある日、ひとつのニュースが舞い込み、小さな田舎町は大騒ぎになる。

1966年1月2日、アメリカの郵便公社 United States Postal Service (USPS)が、サーカスの記念切手を作ることになり、ウィスコンシン州のデラバン(Delavan)という町で発売初日を祝う、という発表をしたのだ。

デラバンには大小20を超えるサーカス団が集まり、中西部のひとたちに冬場の楽しみを提供する人気スポットとして知られていた。しかし、デラバンに最初のサーカス団が登場するはるか前から、ソーマーズではベイリーさんのサーカス団が成功を納めていたのだ。

ソーマーズ市民で町の歴史家だったオット―・コーゲルさんは、自分が育ったソーマーズのアイデンティティにもなっている「サーカス発祥の町」という歴史的事実が、アメリカ政府に無視されることは許せないと感じ、USPSに正式に抗議を申し入れた。

これを受けて、デラバンとソーマーズは、「自分たちこそがアメリカン・サーカスの町だ!」と互いに譲らず、何ヶ月も論争が続き、ついには米国下院議会に持ち込まれるまで議論は白熱した。結局、郵便公社の長官により、「アメリカン・サーカス記念切手」の発売初日をソーマーズで飾りたいという町の悲願は却下されたが、その記念切手のデザインの「お目見えの日」を、発売日より一か月早くソーマーズで祝ってもよい、ということになった。

いよいよ、その「お目見えの日」がやってきて、ソーマーズでは、当時の町の人口の半分にあたる3000人がお目見え式典に詰めかけ、式典に続くパレードでは1200人ものひとたちがストリートを練り歩き、町中大パーティーで祝ったそうである。

これが、その、1966年に発売された「アメリカン・サーカス記念切手」だ。

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現在では、この切手はさほど希少性がないのか、スタンプコレクターの間で高価に取引されているわけではない。

でも、この騒ぎを通じて、ソーマーズは「アメリカン・サーカス発祥の町」というステータスをアメリカ政府に認めさせた。

1966年のアメリカで、ウェストチェスター郡北部のちいさな田舎町の名前が全米に知れ渡ることになった。当時のソーマーズの人々は、切手の価格の「5セント」とは比較にならない、おおきなおおきなプライドを取り戻したにちがいない。

我が家の近くの、なんてことない小さな町に、こんなステキなエピソードが隠れていたことに驚いた。

Elephant Hotel

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NY州ウェストチェスター郡の北部、ニューヨークシティから車で1時間半ほど北上したあたりに、Somers と呼ばれるちいさな町がある。

アメリカ北東部の都市近郊では典型的な一軒家ばかりの住宅地が広がり、これといって特徴のないミドルクラスの町のように見えるが、そこに一風変わった古い建物がある。

建物には大きく

『Elephant Hotel』

と書かれている。東西南北に延びる自動車道がいくつも交差しガソリンスタンドなどが並ぶその場所にはそぐわない古く重厚な建築物で、建物の前庭には支柱に乗せられたエレファント像が高々と掲げられている。

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わたしの自宅からソーマーズはそんなに離れておらず、たまにこの建物の前を車で通るが、そのたびに、この建物はいったいなんだろう・・・聞いたことないけど、ここホテルなの?・・・象と何の関係があるのだろう?・・・と不思議に思っていた。

そこである日、興味が湧いて調べてみた。

すると、このエレファント・ホテルはかつては確かにホテルとして親しまれていたが、現在はソーマーズ市の市役所として使われているとのこと。

そして、その名前の由来を知って驚いた。

このエレファント・ホテルは、Hachaliah Baileyというひとが1825年に建てたという。ベイリーさんはもともとソーマーズで農場を営む農夫で、1800年代初頭に一頭のアジア象を手に入れた。Old Betと名付けられたその巨象を、はじめは農場の労働力として使おうと思って購入したらしいベイリーさんだったが、当時は本物の象を見たことのないひとばかりで、珍しがって見物人がおしかけ、Old Betの人気に気を良くしたベイリーさんは他にも珍しい動物を次々と手に入れ、見世物として動物たちを引き連れ、米東海岸のあちこちを回り、興行師として大成し富を築いた。

この「象をひき連れてあちこち回る見世物興行一座」こそが、合衆国のサーカスの始まりと言われており、ベイリーさんの一座は Barnum and Bailey Circus と言う名のサーカス団として現在でも人気を博し、その名は全米に知れ渡っている。

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1917年当時のポスター

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ベイリーさんは、自分が大成功したのは象のOld Betのおかげだとして、1825年にフェデラル様式の立派なレンガ造りの建築物を建て、感謝の念を表して建物の前に象の置物を飾り、Old Betを称えて「エレファント・ホテル」と名付けたというのだ。

つまり、ふだん「これといって特徴のないスリーピーなちいさな町」と思って通過していたソーマーズ市は、なんと、アメリカン・サーカスの発祥地だったのだ!!

2016-08-16 10.17.49.jpgこのエレファント・ホテルには当時サーカス関係者が集まったり、ニューヨークシティに馬車で向かう旅人が途中で休む宿泊施設としても利用され、1927年にソーマーズ市がベイリー・ファミリーからこの建物を買い上げるまで、憩いの場としてにぎわったそうだ。この建物、現在は市役所として使われているが、館内には、サーカス発祥の資料館もあり、ベイリーさんが象と一緒に始めたアメリカン・サーカスの歴史を知ることもできる。この建物の歴史的意義を認められ、エレファント・ホテルは2005年に「全米歴史的建造物」のひとつにも指定された。

(資料館は週にいちど無料公開されますが、ソーマーズ市の歴史好き市民が作るSomers Historical Societyに連絡を取ると、よろこんで特別にガイドしてくれるそうです。)

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(続く)

パンを焼く

最近、自分でパンを焼くようになりました。

Boule(ブール)呼ばれる、シンプルなフランスの田舎パンです。Bouleというのはフランス語で「ボール(球)」という意味なんだそうです。

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もう100個以上は焼いたので、そろそろ自信がついてきました。

このパンのすごいところは「こねない」のです。

材料をさっと混ぜて、放置して、焼く前に丸めて焼くだけ。

ともかく驚くほど簡単です。簡単なのに焼き立てだからフレッシュで美味しい。これを焼くようになってから、ブレッドメーカーがホコリをかぶっています。お店でお金を出してパンを買うこともなくなりました。

ツイッターで焼き上がりの写真を紹介するたび、レシピと作り方を知りたいというご要望を頂くので、ここで紹介します。(ちなみに、わたしが参考にしたのはこの本。そしてユーチューブに上がっているビデオの数々です。)

まず、材料です。以下の分量で、直径20センチぐらいのパンが3~4個焼けます。(以下の分量を半分にして仕込んでも大丈夫です。水道水は使わないで。)

1.顆粒状イースト (Active Yeast) (10g)

2.粗い食塩(Kosher Salt) (20~25g)

3.蒸留水のぬるま湯(100℉/38℃ぐらい) (680g)

4.普通の小麦粉(All Purpose Unbleached Flower) (910g)

あと、オーブンで焼くときに、焦げないよう底に敷くために、少量のコーンミール(Corn Meal)も用意してください。

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必要な器具です。

1.グラムまで計れる秤(はかり)

2.比較的大き目の容器(私のは6Q=約6リットル入るタッパ)

3.温度計(お湯の温度を計るのと、オーブン内の温度を計るのと、それぞれ)

4.混ぜ棒(無ければ、スプーンやおへら、手などで代用可)

(⋆混ぜ棒は、アマゾンでこれを買いました。あると便利です。安いしおススメ。)

5.ダッチオーブン(ルクルーゼやストウヴのような厚手の重い鉄鍋。)

6.パーチメントペーパー(Parchment Paper)

Boule 03.jpgパン種の作り方です。こねないので、工程5分以下。

1.材料の最初の3つ(イースト、塩、水)を容器に入れかき混ぜる。1分ぐらい。

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2.粉を一気に全量入れて、混ぜ棒で全体が均一になるまで混ぜます。1~2分。

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均一に混ざったドー。

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3.容器の中に乾いた粉が残らない程度に混ざったら、ラップをかけて、蓋も密閉せずに室温(70Fぐらい=22℃ぐらい)で2時間以上放置します。

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4.2時間後、ドーは倍以上に膨らみます。このまま冷蔵庫に入れて一晩置きます。

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いよいよ、焼きます。

1.パーチメント・ペーパーに、コーンミールを一握り振り、その上に、冷蔵庫から出した冷たいドーを適量取り出し、グレープフルーツぐらいの大きさに手早く丸めて、ドーの継ぎ目を下に、滑らかな方を上になるように、置きます。ドーがくっつかないよう 手のひらに 小麦粉を振り、20~30秒ぐらいでササッと丸めてください。

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2.軽く小麦粉を表面に振り、乾かないようラップをかけて60分放置。

3.60分目にオーブンに、空のダッチオーブンを蓋して入れ、450℉(230℃ぐらい)に温め始めます。アメリカで使われてるスタンダードなオーブンだと、450℃(230℃)に温まるまで30分ぐらいかかります。(一つだけ焼いてもいいし、わたしのように、小さ目のダッチオーブン二つを使い、一度に2個焼くこともできます。)

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4.オーブン内の温度計が450℉(230℃)を指してるのを確認します。(ここまでで、ドーは90分放置されてる状態です。)

5.焼く寸前に、ドーに再び粉を表面に振り、切り込みを入れます。

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6.オーブンから、熱くなったダッチオーブンを取り出し、パーチメント・ペーパーごと持ち上げてドーを入れます。鉄鍋はものすごく熱くなってるので、気をつけてください。

7.しっかり蓋をして、オーブンに戻します。パーチメントペーパーの端が鍋から出ていてOKです。ダッチオーブン鍋の中で蓋をしたまま30分焼きます。(蓋をしっかり閉じることで、ドーから出た水分が、自然と蒸し焼きの状態を作るのです。)

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8.30分経ったら、蓋を取り、さらに15分ぐらい焼きます。蓋を取ることで、綺麗な焼き色がつき、表面もパリパリに焼き上がります。

下は蓋を取ったところ。まだ表面の色が薄いキツネ色です。

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蓋を取ってオーブンを閉め、さらに15分ほど焼いて、取り出しました。表面がきれいな色に焼きあがっています。ラックに載せ、室温で粗熱を取ります。

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冷めてから切ります。断面はこんな感じ。中央の高さもあり、中は柔らかく、外はパリパリで歯ごたえあります。

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オーブンから出したては、キッチンに香ばしい匂いがたちこめ、急に外気に触れたパンの表面に亀裂が入り、パリッパリッとかすかな音が立ちます。

欧米の食卓では、 日本のフワフワの食パンよりも、こういう外側がハードな、素朴なパンのほうが好まれます。 サンドイッチにしてもおいしいし、夕食に添えてもよし。これを千切って、ブリーなどのナチュラルチーズや、堅いイタリアンソーセージ、それにワイン一杯あるだけで、軽い食事としても申し分なし。

焼き立てのパンがいつも食卓にある。それだけで、すばらしく贅沢な気持ち・・・。

使いきらなかったドーは、ふたたび容器ごと冷蔵庫に戻し、焼く前に取り出して同じ手順で作ります。冷蔵庫で寝かせている限り、ドーは14日以内に使いきれば大丈夫だそうです。冷蔵庫で寝せる時間が経つほど発酵が進み、ドーにほんのすこし酸っぱみが出て、焼き上がりはサワードーブレッドのような風味に近づきます。

以上が作り方です。ね、簡単でしょう?

どうぞ、お試しくださいませ!