Ward Pound Ridge Reservation – Late Fall

我が家のすぐ近所には自然公園やトレイルが沢山ありますが、中でも私の最もお気に入りは、Ward Pound Ridge Reservationと呼ばれる自然公園です。広さは4700エーカー、昨日の記事で書いたMountain Lakes Parkの4倍以上。我が家から車で2分もかからないぐらい近いので、ここにはワンコを連れてしょっちゅう散歩にでかけます。先週も行ってきました。

There are many natural reserves, parks and trails around my Westchester home, but Ward Pound Ridge Reservation is my favorite of all.  It’s over 4300 acres, more than 4 times larger than Mountain Lakes Park (see my last entry).  Furthermore, it’s even closer to my home; it takes only a few minutes by car.  These photos were taken last week.

 

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大きな馬牧場の脇をすり抜けながら歩きます。Walking alongside a large horse farm is my favorite route.
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勢い込んで飛び込んだけど、水が冷たい。Jumping into the cold water. 
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地表は枯葉で完全に覆われています。Dead leaves completely cover the ground. 
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2時間近く歩きましたが、散歩中のお爺さんひとりとすれ違っただけでした。During our 2 hour hike, we met only one old man walking alone. 
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トレイルは全長40マイル以上(70㎞)あり、何度も来てますが、まだほんの一部しか歩いたことがないです。Though we visit this reservation often, we have walked only a small part of 40-some miles of the entire trail system of the Reservation.  
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Mountain Lakes Park Trail

10月最後の日、ワンコたちを連れて、Sal J. Prezioso Mountain Lakes Parkという自然公園に散歩に行きました。我が家から車で7~8分なので、ときどき訪れます。広大で美しい自然森林の間を、ほとんど誰にも会うことなく、延々と歩きます。

On the last day of October, I took my dogs to Sal J. Prezioso Mountain Lakes Park.  It’s just a several minutes ride from my home in Northern Westchester.  The 1000+ acre park is vast and gorgeous.  The beauty is, we usually don’t see anyone while walking on the trails.

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紅葉は終わりかけています。Dead leaves all over the place. 

 

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フランキーとズー。眺めのよい岩場で。Frankie and Zoolander on the top of the Lookout rock. 
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高台から見ると所々に湖が見える。A beautiful lake view from the Lookout. 
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遅い午後の木漏れ日を浴びながら何マイルも歩いた。We walked miles in the wood in the late afternoon sun. 

Tyson

9月12日の月曜日、マサチューセッツに住む友人のメリッサから、メッセージが入った。

木曜日にニューヨーク州Bedfordからバーモント州まで、犬を一頭運ばなければならないが、ルートの一部を私に運転してくれないか、という。

メリッサは捨て犬のレスキューに熱心な友人で、わたしが時間をみつけてはレスキューされた犬を方々に運んでいることを知っている。わたしがこれまで運転して運んだ犬の数は数えきれない。中には遠く南部や中西部で保護されて東海岸まで運ばれてくる犬を乗せることもあるし、ニューヨーク近辺で捕獲され殺処分を免れた野良犬を里親候補のところまで運ぶこともある。

メリッサが木曜日に運んで欲しいと言ってきた犬は、タイソン(Tyson)という名前の若いオスのピットブルだった。

捨てられた背景を調べてみると、タイソンはブロンクスに住む小さな子供のいる家庭の飼い犬だったが、その飼い主が家を追い出されたために世話をし続けることができないと言う理由で、今年の5月に飼い主みずから収容所に連れてきた犬だった。家賃が払えず追い出されたのかもしれないし、家族が犯罪で捕まったのかもしれない。詳しくはわからない。

 

タイソンが飼われていたのは、サウスブロンクスの中でも治安がよいとは言えないエリアだった。そういう地域では、違法闘犬ギャンブルの摘発も頻繁にあり、闘犬用としてピットブルを裏庭で繁殖したりしている者もいて、ニューヨークの動物収容所にやってくる犬の多くがゲットー出身のピットブルだ。ピットには犯罪や暴力と繋がる暗いイメージがまとわりついているせいもあって、ピットが里親候補を見つけるのは簡単ではない。イメージが悪いうえに捨てられたり行き場を失う数も多いから、NYの動物収容所は常時ピットで溢れていて、殺処分される数もピットはダントツで多い。

タイソンの場合もやはり里親がすぐには見つからず、数週間後、NYシティの動物収容所が公表する殺処分リストに名前が載った。そのリストに名前が載ると、24時間のうちに殺処分されるのだ。

ニューヨークシティでは、健康な若い犬でも、そうして、毎日のように殺されている。

タイソンは殺処分のため収容所の檻から出されていた最中に、あるレスキュー団体が引き取ると名乗り出て、危機一髪で救済された犬だった。

しかしその後、一時預かり(フォスター)でも引き取り手が現れず、タイソンはNY郊外の犬舎に入れられ、時間を過ごしていた。

そんなある日、タイソンにも幸運の女神が微笑み、引き取り手が現れた。バーモント州に住む夫婦が里親になると名乗り出たのだという。そのカップルにタイソンを届けるため、3人のボランティア・ドライバーが半日かけてニューヨーク州からバーモント州までタイソンを運ぶことになった。わたしはその3人のドライバーの一人になった。

タイソンが預けられていた犬舎に引き取りに行くと、そこにはタイソンのように、レスキューされ命拾いをしたものの引き取り手が現れない犬がほかにも大勢いて、ほとんどがピットだった。散歩に出してもらえてもごく短時間、それ以外のときはこちらの耳がおかしくなりそうなぐらいやかましい大勢の犬の吠え声に囲まれて狭い檻の中で過ごす。たとえ犬といえども、こんな環境でこころ休まるはずがないと思った。

犬舎の奥からハンドラーに連れられて出てきたタイソンは、数か月の犬舎生活に明らかに疲れた様子で、車のドアを開けると、喜び勇んで自分から私の車に飛び乗った。早くここを出よう、といいたげに。

タイソンは美しい犬だった。若いだけあり身体が締まって、顔つきも精悍で、薄茶のブリンドルの毛皮をまとい、申し分ない容姿。

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持参したマフィンを分けてあげると、喜んで食べた。よほど疲れていたのか、久しぶりに静かで快適な場所にホッとしたのか、タイソンは道中ずっと大人しく、こんこんと眠り続けた。犬舎から2時間近くかけてコネチカット州のHartfordに到着し、次のドライバーにタイソンを渡したときも、自分から大人しく降りて、次の車に自分から入り、何の問題もなかった。別れ際にマフィンの残りをあげて、「よかったね、こんどこそ幸せになるんだよ・・・」と言いながら頭と頬を撫でてあげると、じっとこちらを見て、わたしの手に耳を擦りつけてきた。

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最後にこんな静かな場所で寝たのはいつなのか・・・こんこんと眠るタイソン

ハートフォードからの帰り道はちょうどラッシュアワーにぶつかり、渋滞する自動車道の上から、全米保険業界のメッカとして知られるハートフォードの高層オフィスビル群を眺めながらタイソンを無事届けたことに安堵して、ふたたび2時間以上かけて自宅に戻った。

自宅でのんびりしていたのも束の間、深夜メリッサたちからふたたびメッセージが届いた。

新しい飼い主の家で、タイソンがいうことをきかず、唸り声をあげて暴れ、里親はすっかり怖がってしまい、こんな犬は飼えない、すぐにでも引き取れと言われたというのだ。里親は完全にパニックを起こしていて、今夜中に引き取らないなら、こんな危ない犬は射殺するとまで言い放ったという。

数時間前、わたしの手に優しく耳を擦りつけてきた、あのタイソンが・・・信じられない気持ちだった。何ヶ月も預けられていたあの犬舎にタイソンをまた押し込めるのは、かわいそうすぎる。あのやかましい犬舎を出たあと、静かな車内で安心して眠り続けたタイソンの姿を思い出し、殺処分を逃れたのにこんどは新しい飼い主が射殺すると喚いていると聞き、可哀想で涙が出た。

とりあえず、パニックして騒いでいる里親のもとからタイソンを別の場所に移動させなければならない。すでに夜11時を回っていたが、現地のボランティアの協力を得て、犬の訓練士にも来てもらい、興奮しているタイソンを引き出すのに成功した。

飼い主の家に着いたのち、タイソンと飼い主の間に、いったいなにが起こったのだろう・・・。何がトリガーになってタイソンを興奮させたのか・・・。

そして、今日—。

タイソンは一時預かりを申し出てくれた現地のボランティアの家にいる。大人しく、何の問題もみせず、落ち着いているという。

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バーモント州のボランティア宅で落ち着いている今朝のタイソン

わたしは、タイソンをNY郊外のあの犬舎に戻すのは気が引ける、もし何かタイソンに問題があるのなら、あそこの環境はタイソンのコンディションを悪化させるだけだと感じるから、どこかもっと違う落ち着いた場所で訓練を受けさせてあげてほしいと、レスキュー団体のひとにお願いした。

団体のひとたちも同じ考えだったらしく、バージニア州にある犬のリハビリ施設にタイソンを送り、そこで人間に対して唸り声を挙げたりするビヘイビアを矯正する訓練を受けさせようということになりました。その費用に3500ドルかかります。

タイソンのために募金ページが立ち上がり、現時点で1000ドル近くが寄付で集まっています。

ここ↓↓がそのページです。たとえ1ドルの寄付でも助けになります。こういう犬がいるんだよ、ということを広めてくれるだけでも、うれしいです。

Tyson’s Emergency Funding for Rehab & Training

こころを許したひとたちに甘えるタイソンは、どこにでもいるやさしい犬の顔をしています。

タイソンはかつて、4歳の子供がいる家庭の「ペット」でした。人間の勝手で捨てられ、悪環境に何ヶ月も置かれ、犬といえどもこころが折れて、混乱しているのでしょう。

自分がこの子を運んだのも、何かの縁—。

相性のいい、やさしいご家族に巡り合えるよう、タイソンを応援したいです。



(タイソンのその後のアップデートはこちらの記事↓↓をごらんください。)

Tyson – Happy Update (2016.09.24)

Elephant Hotel (2)

19世紀初頭に、アメリカに来た象としては2頭目にあたるOld Betを引き連れて、ベイリーさんが始めたサーカスの原型。

1800年代前半のうちにソーマーズには他にいくつもサーカス団が登場し、中には初めてライオンを連れたサーカス団も生まれ、動物を休ませるためのサーカステントも作られた。当時の地元のひとびとは多くが農夫や牛飼いだったが、サーカスの人気が高まるにつれサーカス団に雇われて、動物たちとともに東海岸の各地を周るようになった。

当時のソーマーズは「サーカスのメッカ」として大繁盛していたのだ。

ソーマーズ市民たちは、エレファント・ホテルに紡がれた町の歴史を大切にし、その歴史を誇りにすら感じていた。

そんなソーマーズに、1960年代のある日、ひとつのニュースが舞い込み、小さな田舎町は大騒ぎになる。

1966年1月2日、アメリカの郵便公社 United States Postal Service (USPS)が、サーカスの記念切手を作ることになり、ウィスコンシン州のデラバン(Delavan)という町で発売初日を祝う、という発表をしたのだ。

デラバンには大小20を超えるサーカス団が集まり、中西部のひとたちに冬場の楽しみを提供する人気スポットとして知られていた。しかし、デラバンに最初のサーカス団が登場するはるか前から、ソーマーズではベイリーさんのサーカス団が成功を納めていたのだ。

ソーマーズ市民で町の歴史家だったオット―・コーゲルさんは、自分が育ったソーマーズのアイデンティティにもなっている「サーカス発祥の町」という歴史的事実が、アメリカ政府に無視されることは許せないと感じ、USPSに正式に抗議を申し入れた。

これを受けて、デラバンとソーマーズは、「自分たちこそがアメリカン・サーカスの町だ!」と互いに譲らず、何ヶ月も論争が続き、ついには米国下院議会に持ち込まれるまで議論は白熱した。結局、郵便公社の長官により、「アメリカン・サーカス記念切手」の発売初日をソーマーズで飾りたいという町の悲願は却下されたが、その記念切手のデザインの「お目見えの日」を、発売日より一か月早くソーマーズで祝ってもよい、ということになった。

いよいよ、その「お目見えの日」がやってきて、ソーマーズでは、当時の町の人口の半分にあたる3000人がお目見え式典に詰めかけ、式典に続くパレードでは1200人ものひとたちがストリートを練り歩き、町中大パーティーで祝ったそうである。

これが、その、1966年に発売された「アメリカン・サーカス記念切手」だ。

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現在では、この切手はさほど希少性がないのか、スタンプコレクターの間で高価に取引されているわけではない。

でも、この騒ぎを通じて、ソーマーズは「アメリカン・サーカス発祥の町」というステータスをアメリカ政府に認めさせた。

1966年のアメリカで、ウェストチェスター郡北部のちいさな田舎町の名前が全米に知れ渡ることになった。当時のソーマーズの人々は、切手の価格の「5セント」とは比較にならない、おおきなおおきなプライドを取り戻したにちがいない。

我が家の近くの、なんてことない小さな町に、こんなステキなエピソードが隠れていたことに驚いた。

Elephant Hotel

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NY州ウェストチェスター郡の北部、ニューヨークシティから車で1時間半ほど北上したあたりに、Somers と呼ばれるちいさな町がある。

アメリカ北東部の都市近郊では典型的な一軒家ばかりの住宅地が広がり、これといって特徴のないミドルクラスの町のように見えるが、そこに一風変わった古い建物がある。

建物には大きく

『Elephant Hotel』

と書かれている。東西南北に延びる自動車道がいくつも交差しガソリンスタンドなどが並ぶその場所にはそぐわない古く重厚な建築物で、建物の前庭には支柱に乗せられたエレファント像が高々と掲げられている。

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わたしの自宅からソーマーズはそんなに離れておらず、たまにこの建物の前を車で通るが、そのたびに、この建物はいったいなんだろう・・・聞いたことないけど、ここホテルなの?・・・象と何の関係があるのだろう?・・・と不思議に思っていた。

そこである日、興味が湧いて調べてみた。

すると、このエレファント・ホテルはかつては確かにホテルとして親しまれていたが、現在はソーマーズ市の市役所として使われているとのこと。

そして、その名前の由来を知って驚いた。

このエレファント・ホテルは、Hachaliah Baileyというひとが1825年に建てたという。ベイリーさんはもともとソーマーズで農場を営む農夫で、1800年代初頭に一頭のアジア象を手に入れた。Old Betと名付けられたその巨象を、はじめは農場の労働力として使おうと思って購入したらしいベイリーさんだったが、当時は本物の象を見たことのないひとばかりで、珍しがって見物人がおしかけ、Old Betの人気に気を良くしたベイリーさんは他にも珍しい動物を次々と手に入れ、見世物として動物たちを引き連れ、米東海岸のあちこちを回り、興行師として大成し富を築いた。

この「象をひき連れてあちこち回る見世物興行一座」こそが、合衆国のサーカスの始まりと言われており、ベイリーさんの一座は Barnum and Bailey Circus と言う名のサーカス団として現在でも人気を博し、その名は全米に知れ渡っている。

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1917年当時のポスター

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ベイリーさんは、自分が大成功したのは象のOld Betのおかげだとして、1825年にフェデラル様式の立派なレンガ造りの建築物を建て、感謝の念を表して建物の前に象の置物を飾り、Old Betを称えて「エレファント・ホテル」と名付けたというのだ。

つまり、ふだん「これといって特徴のないスリーピーなちいさな町」と思って通過していたソーマーズ市は、なんと、アメリカン・サーカスの発祥地だったのだ!!

2016-08-16 10.17.49.jpgこのエレファント・ホテルには当時サーカス関係者が集まったり、ニューヨークシティに馬車で向かう旅人が途中で休む宿泊施設としても利用され、1927年にソーマーズ市がベイリー・ファミリーからこの建物を買い上げるまで、憩いの場としてにぎわったそうだ。この建物、現在は市役所として使われているが、館内には、サーカス発祥の資料館もあり、ベイリーさんが象と一緒に始めたアメリカン・サーカスの歴史を知ることもできる。この建物の歴史的意義を認められ、エレファント・ホテルは2005年に「全米歴史的建造物」のひとつにも指定された。

(資料館は週にいちど無料公開されますが、ソーマーズ市の歴史好き市民が作るSomers Historical Societyに連絡を取ると、よろこんで特別にガイドしてくれるそうです。)

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(続く)